多摩キリスト教会
- Tokyo Gospel Station

- 4月24日
- 読了時間: 6分
更新日:5月12日
花がまた咲くように、あなたも永遠のいのちへと生まれ変われる
道があります。 永遠のいのちへ、あなたをおご招待いたします。

教会紹介
私たちの教会は、ルカの福音書4章18節のみことばを中心に、主の御心がとどまる場所に共にとどまることを願う共同体です。
イエス様が貧しい人々に福音を伝え、捕らわれている人々に自由を、目の見えない人々に再び見えることを宣言されたように、私たちもまた、その主の御心を抱いてこの地で生きることを願っています。
このようなビジョンに従い、私たちの教会は、バルナバの仕える精神にならい、日本の教会に仕える使命を担っています。
特に、「バルナバ福音宣教会」を中心として、日本の教会を励まし、建て上げる働きを続けています。また、毎年、韓国・アメリカ・日本の教会を訪問し、「日本牧会者リーダーシップセミナー」を開催しています。
互いを励まし、慰め合いながら共に協力し、日本の教会が再び力を得て、福音の光を輝かせるために、祈りと献身をもって歩んでいます。
私たちの教会は、これからも主の御心が向かう場所へ共に歩み、福音の力によって世に仕える共同体となることを願っています。
住所:〒332-0034埼玉県 川口市 並木4-1-1-301(コモヂィイダ西口店 3階)
ジャンル:教会
TEL:048-258-8169
FAX:048-271-9151
最寄の交通機関:JR西川口駅から徒歩8分
創立:1992年
特色:主日礼拝は、日本語(10:00)と韓国語(12:00)で行われます。同時通訳があります。
代表者・スタッフなど:鄭 順葉(牧師)
礼拝時間:10:00,12:00
週報ダウンロード

教会写真
関連活動:主任牧師の東京聖市化運動本部名誉会長推戴式
牧師あいさつ

はじめまして。
多摩キリスト教会のホームページをご覧くださり、ありがとうございます。
この教会は、今年で34周年を迎えました。
長い年月の中で、地域の皆さまと共に歩み、
喜びのときも、悩みや不安のときも、
静かに寄り添う場所でありたいと願ってきました。
教会と聞くと、少し距離を感じる方もいらっしゃるかもしれません。
けれどもここは、特別な人のための場所ではなく、
日々の生活の中で「少し疲れたな」「誰かと話したいな」と感じたときに、
ふらっと立ち寄れるような、そんな場所でありたいと思っています。
私たちは、無理に何かを勧めることはありません。
ただ、あなたのペースで、あなたのままで来ていただけたら嬉しいです。
礼拝では、日常の中で見過ごしがちな「大切なこと」について、
分かりやすくお話ししています。
また、季節ごとのイベントや交流の機会もあり、
どなたでも気軽にご参加いただけます。
もしよろしければ、一度教会の雰囲気をのぞいてみてください。
あなたとお会いできる日を、心より楽しみにしています。
多摩キリスト教会
牧師 鄭順葉
牧師の主日説教
タイトル:アブラハムを通して与えられる教訓
本文:使徒の働き 7章1~8節
初代教会の七人の執事の一人であったステパノは、恵みと力に満ち、多くの不思議としるしを行っていました。
また、彼は知恵と聖霊によって語っていたため、だれも彼に対抗することができませんでした。
すると反対する人々は偽証人を立てて、彼を訴えました。
「この人は神とモーセを冒涜することを語っている。」
そして大祭司が尋ねます。
「それは事実なのか。」
この時、ステパノはすでに自分が殺されることを知っていました。
今日の本文は、彼が死ぬ前に語った最後の説教の一部です。
つまり、自分の命をかけて真心から語ったメッセージなのです。
1. 「私たち」の物語
ステパノの説教の内容はこうです。
私たちの先祖アブラハムがメソポタミアにいた時、神様は彼を召し、そこを離れさせ、ハランへ移らせました。
そして父テラが死んだ後、神様は彼をカナンの地へ導かれました。
しかし驚くべきことに、その地に入ったにもかかわらず、アブラハムに与えられたものは何もありませんでした。
ただ一つ、
「この地をあなたの子孫に与える」
という約束だけでした。
ここで大切な表現があります。
ステパノは繰り返し「私たち」と語っています。
これは、問題も恵みも、すべて「私たち自身の物語」であるという意味です。
アブラハムの物語は、そのまま私たちの物語なのです。
2. 私たちの今の姿
私は今日、このみことばを通してこう伝えたいのです。
アブラハムは、まさに私たち自身です。
私たちは以前、「ハラン」に住んでいた者たちです。
ハランとは単なる地域ではなく、神様なしに生きていた以前の人生を意味します。
しかし神様は私たちを召し、メソポタミア、すなわち救いの場所へ導いてくださいました。
私たちは喜びました。
「ついに約束の地に入った!」
しかし現実はどうでしょうか。
人生は依然として苦しく、毎日を生きるために必死です。
アブラハムも同じでした。
カナンの地に入ったにもかかわらず、自分の土地は一坪もなく、しかも25年間、子どもも与えられませんでした。
それでも彼は、神様の約束を握り続けました。
3. 約束と苦しみの間
神様は約束されます。
「あなたの子孫にこの地を与える。」
しかし6節を見ると、衝撃的な御言葉があります。
「その子孫は異国で寄留者となり、奴隷とされ、四百年の間苦しめられる。」
この御言葉は私たちを戸惑わせます。
「約束の地を与えると言われたのに、なぜ先に苦しみがあるのですか。」
しかし、これが神様の方法です。
約束の地を受け取る前には、必ず訓練の過程があります。
十字架を負う過程が必要なのです。
だから私たちは時々こう思います。
「それなら、信じなければよかった…」
「こんなに苦しいと分かっていたなら…」
4. 神様は最後まで責任を取られる
7節で神様ははっきりと言われます。
「彼らを奴隷にする国を、わたしが裁く。
その後、彼らはそこを出て、わたしに仕えるようになる。」
イスラエルを苦しめていたエジプトは、結局、神様によって滅ぼされました。
これは、私たちに与えられている約束でもあります。
今、私たちを苦しめている問題、
私たちの人生を押しつぶそうとする環境、
それらはすべて、神様の定められた時が来れば、必ず崩れ去ります。
5. 待つことの意味
イスラエルには430年が必要でした。
それなら、私たちにも時間が必要です。
では、その時間を短くする道はないのでしょうか。
それは「従順」です。
みことばの前にひざまずき、自分の考えを 내려놓고、神様の御心に従う時、神様の時はさらに近づきます。
6. 契約のしるし ― 割礼
最後の8節で、神様は割礼の契約を与えられます。
割礼とは何でしょうか。
それは、神様が
「あなたがたをわたしの民とする」
と言われる契約のしるしです。
今日、私たちにとってこれは洗礼です。
イエス・キリストを信じる私たちは、神様の民として生き、永遠の神の国を受け継ぐ者とされたのです。
結論
愛する聖徒の皆さん、
私たちはアブラハムの子孫です。
信仰の人々です。
ですから、私たちはアブラハムのように、
離れるべきものを離れ、捨てるべきものを捨て、理解できなくても従い、最後まで待ち続けなければなりません。
そして待っている間に、ただ一つしなければならないことがあります。
それは、自分の人生を神様に委ねることです。
自分の計画ではなく、神様の計画を信頼し、感謝し、従い、そして忍耐するのです。
そうすれば、神様は必ずご自身の時に成し遂げてくださいます。
アブラハムに100歳で息子を与えられたように、私たちの人生においても、神様の約束は必ず実現します。
ハレルヤ!
神様はあなたを永遠の国へ導いてくださいます。
制作提供:日本宣教戦略研究所
ご招待の言葉











































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